◆昭和55年4月の出来事◆
- 4月 1日 ポカリスエット発売。スポーツ飲料ブームの火付け役に。
- 4月29日 映画監督アルフレッドヒッチコックが逝去。享年80歳。
- 江津市人口(3月末日現在)
人口28,736人 男13,549人 女15,187人 世帯数9,286世帯
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『江津東小学校』が完成〜江津市〜
黒松、波積、都治、浅利の4小学校を統合した市立江津東小学校が完成しました。児童数は308人、教職員数は22人で市内で4番目の規模の小学校になりました。
同月4日には開校式が開催され佐々木市長、藤田副議長が式辞を述べ、中村初代校長、青木敏夫君(児童代表・6年生)、郷原PTA代表が謝辞を述べました。このあと、田中教育長から校旗が手渡され、全員で新校歌を合唱し、式を終えました。
平成18年4月における江津東小学校の児童数は男子87名、女子66名、総数153名です。児童数が開校時の半分になってしまいました。
写真は左上が竣工当時、右上は航空写真(平成3年)、左下は現在の玄関前(二宮金次郎像があります)、右下は1年生の教室(入学前で机が寄せてあります)となっています。
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◆昭和56年4月の出来事◆
- スペースシャトル「コロンビア」が初のスペースシャトルミッションで打ち上げ
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『桜江町総合センター』が完成、役場庁舎が業務開始〜桜江町〜
昭和47年7月豪雨災害復旧工事の総仕上げとして、川戸小学校グラウンド跡地に建設が進められていた町民待望の「総合センター」が完成し、4月18日、恒松県知事ら県、地元関係者約500人が出席して盛大に竣工式典が行われました。
また、川戸小学校の鼓笛隊パレードや神楽などの祝賀行事も行われました。
※総合センターは、コミュニティセンター、役場庁舎、保健センターの3つの機能を集中した町の文化、行政、健康の殿堂として、町民のふれあいの場。
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◆平成元年4月の出来事◆
- 4月 1日 大型間接税の消費税制度がスタート。税率は3%
- 4月21日 任天堂が「ゲームボーイ」を発売
- 江津市人口(3月末日現在)
人口27,963人 男13,114人 女14,849人 世帯数9,942世帯
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『有福温泉花まつり』が賑やかに開催〜江津市〜
4月8日、有福温泉町の温泉街の軒先には花が飾られ、跡市町の「田植えばやし」が練り歩く通りには、野草のてんぷらや平目の活き造りの屋台が軒を並べ宿泊客や地元の人々で賑わいました。夜になると石見神楽や敬川太鼓なども上演され、まつりを一層盛り上げました。
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『千丈渓ハイキング』〜桜江町〜
4月5日、桜江町青年団の呼びかけで、春休み最終の日曜日に千丈渓コースのハイキングが行われました。このイベントは、『心のふれ合う住みよい町づくり』を進めようと、青年団が企画して昨年から行っているものです。
当日は、おだやかな行楽日和で約70人が参加し、滝や淵、山桜などが織り成す谷間の美しさを鑑賞しながら、絶叫大会やじゃんけんゲーム、鳥の巣箱作りなどを楽しみました。
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◆平成8年4月の出来事◆
- 4月 1日 三菱銀行と東京銀行が合併。世界最大の銀行、三菱東京銀行が誕生
- 4月26日 オウム真理教、松本智津夫(麻原彰晃)被告初公判
- 4月28日 女子テニス伊達公子が世界ランク1位のグラフを破る
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春うらら、『椿祭り』に多くの人出〜江津市〜
4月13日、14日に島の星町の高角山(標高470m)の中腹の「椿の里」で椿祭りが開催され、多くの人で賑わいました。椿の里は約3ヘクタール(30,000u)の敷地には100種類以上の椿をはじめ、ツツジ、アジサイ、梅などが植樹されており、江津商工会議所婦人会の野点(のだて)や椿の特売コーナーなども開かれて、思い思いに祭りを楽しんでいました。
今年(平成18年)も恒例の祭りとして開催され、先週号の山陰中央新報ニュース・ウィークリー江津で紹介されています。
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◆平成9年4月の出来事◆
- 4月 1日 消費税が3%から5%に増税
- 4月22日 ペルー日本大使館公邸に特殊部隊が突入。人質全員が解放される
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『城山』に桜50本を植樹〜桜江町〜
市山地区の市東城友会、藤長寺青年部、市山スポーツ少年団で組織する「我ら城山探検隊」(会員約80人)では、4月13日、昨年整備した城山探勝路沿い約300メートルに50本の桜の苗木を半日かかりで植えました。
当日は、子ども17人、大人11人が参加。子どもたちはとても楽しそうで、自分たちが植えた桜が大きくなり、美しい花を咲かせることをとても楽しみにしています。
※我ら城山探検隊・・・県教育庁の「いきいき子ども活動推進事業」の指定を受け、学習やレクリエーションなど様々な活動に取り組んでいます。
(活動例:探勝路の整備や樹名板の設置、樹木の伐採による見晴らしの確保など)
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◆思い出の一こま◆
- 「江津あの頃は」の原稿をこさえていると、いろいろな懐かしい写真が出てきます。しかし、年代などがハッキリしていないので使えないものが多くあります。そんな写真たちを紹介します。
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今回は昭和57年に開催された第37回国民体育大会「くにびき国体」の時のJR江津駅の一こまです。
改札口には駅員が二人います。構内から出てくる乗客も多そうな感じですね。この国体で江津市では軟式野球やハンドボール、水球の会場となっていました。特に水球は優勝という成績を残し大変に盛り上がりました。
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『江の川最後の渡し舟が姿を消す・・・坂本渡舟場閉鎖』(昭和56年4月25日)〜桜江町〜
江の川最後の渡し舟として親しまれてきました、坂本渡舟場が4月25日で閉鎖されました。最後まで渡船業務を守ってこられた、坂本の月森さん(82歳)が高齢で体力に自信がなくなったのと、交通機関の発達などで渡船機能が薄れ、引退を申し出られたためです。(月森さんは、23年間無事故で毎日、渡しを守り続けてこられました。)
この日、地区の住民約30人は最後の渡し舟に乗り、月森さんの櫓さばきで幅70メートルの江の川を往復して名残を惜しみました。そして最後の運航を済ました船は、参列者全員で川から引き揚げられ、その役目を終えました。
★坂本の渡しの始まりは、はっきりしませんが、舟運の盛んだった江の川から温泉津町、三原への入口として江戸時代に栄えたといわれており、地元では「約300年前から」と伝えられています。
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